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●監査・監督委員会設置会社について一言、二言。


●最近、余りに忙しかったのと、
後は、オモテの世界での義理がある関係で、
余りコチラでの活動ができてませんが、
まぁ、オモテでは出しにくい話があるのも事実でして、
ちょっとエア・ポケットに入ったこの時期に、
改正要綱についての雑感を少しでも書き溜めておこうかと。

 もちろん、
オモテの世界での不義理とならない範囲でなので、
網羅的でないのはご容赦くださいませ。

 ということで、
本日は監査・監督委員会設置会社について、
徒然なるままに一言、二言。


●この新しい機関設計、
オモテ・ウラ問わず無数の解説が出ているようなので、
いまさら詳細な説明は不要ですよね。

 念のため、
イメージだけ伝えておくと、
監査役会設置会社を前提にすれば、
監査役会の代わりに委員会設置会社の監査委員会を導入するイメージかな。
 この監査委員会に類似した監査・監督委員会というのは、
そのメンバー全員が取締役で構成される、と。
 総数は3名以上で、
みんな業務執行に関与しちゃダメ、
そのうち過半数は社外取締役でなければならん、と。
 結局、そのキモは、
監査役の代わりに社外取締役が監査や監督を行う、という点でして、
監査役よりも社外取締役の活用を促す制度なわけですね。

 この新制度、
中間試案が出た段階で、
単なるネコでしょ?」というツボでも述べたとおり、
余り使われない制度になるんじゃないのかなぁ?、と、
そういう見立てをしたわけですが、
その後、改正要綱では色々と「お土産」が増やされましたね。
 例えば、
常勤の監査・監督委員は不要だとか、
定款規定あれば委員会設置会社並みに取締役への業務執行委任ができちゃうとか。

 ただ、
この制度って、
社外取締役の選任を義務付けるバーターとして、
社外役員の総数(最低2名)を実質増やさないで良い、
しかも委員会設置会社ほどは抵抗感がない、
そういう新たな機関設計を認めてあげる、と、
そういう色彩が元々強かったもんだから、
社外取締役の選任義務付けが飛んじゃった今となっては、
たとえ上記のような「お土産」が増えてもねぇ、という感覚が残る。


●でさ、
まぁ、ここまでは、
オモテの世界にもチラホラ出てる話だと思うんだけど、
本日お話したいのは、その先のところなんだよね。

 まず一つは、
海外の投資家から見た理解しやすさという話。

 どうも、
この監査・監督委員会設置会社を推す方の中では、
この新制度ってのは海外の投資家に理解を示してもらいやすいはずだ、と。
 なぜなら、
監査役、特に社外監査役は取締役会での議決権を持っていない、
とりわけ人事の議決権を持ってないのに、どうやって経営を監督するのだ、と。
 これに対して、
社外取締役であれば、そういう議決権を持ってるから、
より理解されやすいのだ、と。

 確かに、
監査役ってのは「ガラパゴス」なのかもしれないので、
そういう意味では社外取締役の方が分かりやすいという面はあるのですが、
ただ、海外の投資家って、
社外監査役を社外取締役に代えるだけで理解を示すほど、そんなに甘いのかね?と、
そういう素朴な疑問が残るんですよね。

 そもそも、
人事の議決権を持っていないのに、というのが問題意識だとすると、
社外取締役が2人いるからといって、どうかなる話なんですか?、と。
 もちろん、
社外取締役の義務付けの議論で述べたとおり、
「小さく生んで大きく育てる」という将来を見据えた発想の下で、
海外の投資家から一定の理解を得られるというのは、
社外取締役の選任に関するISS指針(「もう待ったなし?」参照)からしても、
まぁ、そりゃ、そうだねぇと思う部分もあるんだけど、
そこでの前提は、
あくまで終着地として、
取締役の過半数を社外にする、又は委員会設置会社を導入する、
そのどちらかにある場合なんだと思うのよね。

 言い換えれば、
この監査・監督委員会設置会社というのは、
そのような終着地に至るまでの過渡的な機関設計として採用される場合にのみ、
海外の投資家から一定の理解を得られるのではないかな?、と。

 そのような過渡的な位置づけでなければ、
ガバナンスの本質は人事権と情報にあるという点に照らして、
この新制度は余りにも中途半端な機関設計と言わざるを得ないので、
たとえ監査役会設置会社からこれに乗り換えたからといって、
海外の投資家から理解を示してもらえるというものではないと思うのだけど。
 そんなの、すぐに見透かされるのではないかなぁ、と。

 結局、何が言いたいかというと、
取締役の過半数を社外にする、又は委員会設置会社を導入する、
そのような終着地を目指していくという、
そういう「決死の覚悟」がなければ、
わざわざ今の機関設計を捨ててまで乗り換える意味って、
少なくとも対投資家関係では余り無いのではないかな?、と。


●もう一つ、
社外監査役から社外取締役への横滑り、後はその間での重複感の解消、
そういったものの話。

 監査・監督委員会設置会社を検討する際に、
巷間よく言われているようなのが、この横滑り人事ね。
 今の社外監査役を社外取締役へ横滑りさせれば、はい、出来上がり、と。
 どちらも最低2名だからね。

 でもさぁ、
これってホントにそんなに簡単なのかな?、と。
 言い換えると、
社外監査役の中で、
さすがに取締役になるのはちょっと抵抗あるんだけど…って、
そういう反応はホントに出てこないのかな?、と。
 いや、これはホントに素朴な疑問であって、
私自身、明確な答えを持ち合わせているわけでもないんですけどね。

 だって、
日本の取締役会って、
メインは業務執行の決定ですからね。
 モニタリングを超えたところがむしろメインなんですよね。
 そのような中で、
適法性監査のみならず妥当性監査にまで責任を負うことになるわけです。
 もちろん、
妥当性を誤って判断したからといって、
経営判断の原則がある中では、
直ちに法的責任を負うということにはならないし、
責任限定契約という安全保障もある。
 ただ、それでもなお、
やっぱり抵抗感があるという社外監査役って出てこないのかなぁ?、と。
 いや、
実際上、適法性監査と妥当性監査の違いってどこまであるの?、と、
そういう議論も別途あると思うんだけど、
心理的なハードルってそんなに低いのかね?、と。

 それは実務感覚として全然大丈夫と、
そう企業と監査役の皆さんが言うのであれば、
まぁ、それでメデタシ×2という話なのですが、
もしそういう懸念が出てくるということなのであれば、
既に複数の社外取締役を選任済みの監査役会設置会社における、
社外監査役と社外取締役の間での重複感の解消目的での乗り換えってのに、
ホントに使えるのかな?、と。
 何故かというと、
そこでの社外監査役と社外取締役のプロファイルが殆ど同じなら別ですが、
そうでないなら社外監査役であればこそ集められた人材というのが、
新制度では集められなくなる可能性が出てくるから。

 まぁ、
せっかくの「お土産」である、取締役への広範な委任というのを使う形で、
取締役会がモニタリング・モデルに純化していけば別ですが、
それもまた余り現実的でない感も残るしねぇ、と。

 この点は、
正直、よくわかりません。
 私の周りでも色々な意見があるようで。
 あくまで問題提起という趣旨。

 ちなみに、
社内監査役を監査・監督委員に横滑りさせることについても、
実際には色々と微妙な問題があるようなのですが、
ちょっとセンシティブすぎるので、
たとえウラの世界とはいえ、
記録に残る形での発言は遠慮しときます(笑)。


●本日のツボは、ここまで。

 うーん、
先月は色々込みだと400時間超えてた気がするなぁ。。。
 私生活がピンチです(爆)。


(2012年10月25日記)
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