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●後を絶たない「不祥事」への対応に関する雑感を、徒然なるままに。


●今からもう8年前、、、
2000年に出された、いわゆる大和銀行事件に関する大阪地裁判決を契機として、
日本でも着目され始め、そして幾多の議論も重ねられてきた、内部統制。

 内部統制に関する体制について一定の決議を義務付けた会社法の制定に加えて、
財務報告の分野を対象とした内部統制報告書等の提出を義務付ける金商法の施行により、
企業としては、もう逃げ場のないところまで、追い詰められた感がありますね(笑)。

 その内部統制と関連して議論されるのが、
後を絶つどころか、増加傾向にあるとさえ言えなくもない、
いわゆる「不祥事」への対応ですね。

 本日のツボでは、
そんな「不祥事」への対応に関する雑感を、徒然なるままに語ってみようかな、と。


●さて、「不祥事」については、
それこそ、十人十色の様々な切り口で語られるものですが、
本日は、余り時間もないので、、
実務的によく問題となる、以下の3点に絞って、
個人的な雑感を語らせてもらいます。

 ①「不祥事」の根っこにあるモノ
 ②「不祥事」の調査と社内リニエンシー
 ③「不祥事」の公表に関する姿勢
 

●で、まず一つ目のお題、
①「不祥事」の根っこにあるモノについて。

 ある企業等の「不祥事」が明るみに出た際に有りがちな反応ってのは、

 「何て意識の低い奴らなんだ!」、と。

 時には、ツマミである枝豆の殻を投げつけながら、、
TVに向かって、こう叫んだことのある方も少なくないでしょう(笑)。

 まぁ、その反応が必ずしも間違いというわけではないのですが、
実際に「不祥事」が生じた際に、その具体的な背景として浮かび上がるモノというのは、
実は、そんなに単純じゃないような気がするんですねぇ。

 もちろん、最終的にはケース・バイ・ケースでありますが、
「不祥事」の発生原因をね、以下の2つに大きく分けてみましょう。

 (a)過失によるモノ
 (b)故意によるモノ

 このうち、まず(a)過失によるモノについては、
マニュアルやプロセスの作り込みと研修の徹底、
それからPDCAサイクルの運営などで対処すればよいわけで、
もちろん、マニュアルの書き方や研修の方法など、テクニック的なことはあるにしても、
実は、そこまで根深い問題があるわけではないようにも思います。
 敢えて言えば、継続してPDCAサイクルを回していけるかどうかですね。

 むしろ、根深い問題があるのはね、(b)故意によるモノなんだと思います。
 かなり大事になってしまう「不祥事」は、往々にしてね、
こちらのタイプに属しているような気がします。
 もちろん、統計とったわけじゃなく、私の肌身感覚ですけど(笑)。

 この(b)故意によるモノについては、

 「まさしく『故意』なんだから、より一層、『意識』の問題だろ」、と、

まぁ、そんな反応が返ってきそうですね。

 確かに、「意識」の問題でもあるとは思うんですが、
それだけでは言い尽くせてはいないように思うんですね。
 ここで、是非とも気づいて欲しいのは、
たとえ「故意」があったとしてもね、
「不祥事」を起こしたくて起こす人は余りいないんじゃないか?、という、
素朴な疑問なんですよね。
 何が言いたいかというと、
(b)故意による「不祥事」が起こる背景には、
その実行者に、葛藤というかジレンマというか、そういうものがあるんじゃないか、ということ。
 
 ここでいう葛藤又はジレンマとしては、以下の2つのタイプに分けられそう。

 (x)個人利益タイプ
 (y)組織利益タイプ

 このうち、まず(x)個人利益タイプってのは、
ある個人が、自らの利益を図るために行うモノ。
 例えば、ある経理従業員が、個人的にサラ金から多額の借金をしていて、
その返済のために、会社の金に手を出してしまう、というようなタイプ。
 このタイプは、最もプリミティブとも言えるもので、
他のタイプに比べて、比較的、発覚・治癒しやすいのが特徴かな。
 だって、他の従業員が知ったら、通常は内部通報するでしょうしね。
 だから、根深い問題というのは余りないのかも。

 次に(y)組織利益タイプってのは、
ある個人が、その属する組織の利益のために行うモノ。
 例えば、価格カルテルや入札談合などが典型的でしょうかね。
 食品偽装を始めとする各種偽装問題もこのタイプかな。
 企業の利益のために、ある従業員が違法行為に及ぶ、と。
 このタイプはね、
営業主任など、ある役職に就いた者が、代々引き継いで行っていくことが多く、
ある一人の従業員だけが知っているというようなタイプではないんですね。
 そういう意味では、発覚・治癒しやすいようにも思えるんだけど、
その違法行為を知っている者は、自らも当該行為に何らか関与していることが多いし、
あくまでも、その企業・組織のため、ということもあり、
意外と発覚しないか、仮に発覚しても自ら治癒するのが難しいところがあるようですね。

 このように、特に上記(y)のようなタイプについては、
単に「意識」の問題と言い放つのではなく、
「不祥事」の根っこにある、葛藤又はジレンマを直視した上で、
現場の個人又は小集団だけに、
その葛藤又はジレンマを抱え込ませないことが大事なんじゃないかな、と。

 で、このような問題ってのは、突き詰めてシンプルに言ってしまえば、
利益相反の問題のようにも思えてきます。
 つまり、何故そこに葛藤又はジレンマが生じているかというと、
複数の利益が、トレードオフの形で対立しているからなんですよね。
 だから、この利益相反の状態をできるだけ解消してやることがポイントになるのかな、と。

 内部統制の体制を構築するにあたって、
よく持ち出されるのが相互牽制体制とかチェック体制とかいうものですが、
そのような体制を構築するにあたっても、
以上に述べたような視点を持ってないと、
「仏作って魂入れず」になりかねないような気がします。

 例えば、同じ部門の中で、
ある従業員の行為について、その上司の承認を要する形でチェック体制を構築した場合、
このチェック体制で有効に抑止できるのは、
(a)過失による「不祥事」と、(b)故意による「不祥事」のうち(x)個人利益タイプじゃないかな。
 というのも、
同じ部門の中での従業員であれば、
基本的には同じような利益対立に直面しているはずなので、
上記の(y)組織利益タイプの原因となる利益相反状況を、
上記チェック体制では巧く解消できていない可能性が高いように思えるからです。
 このような場面で、有効なチェック体制を構築する一つの方法は、
例えば、当該部門の数字に直接の責任を持たない人(法務とか)に、
チェック機能を持たせるということですかね。
 後、何でもかんでも、部門外の人にチェック機能を持たせると、
当該部門の業務が停滞する可能性があるので、
適宜、絞り込みが必要ですかね。


●で、次に二つ目のお題、
②「不祥事」の調査と社内リニエンシーについて。

 この二つ目のお題でも、
そのキーワードは、やはり「利益相反」になりそうかな。
 どういう利益相反かというと、
調査を実施する組織と、調査対象となる個人との間の、利益相反です。

 というのも、
内部統制の一つの肝は、
違法行為が発覚した場合の、関係者に対する適切な処分と言われてますね。
 その関係で、就業規則上の懲戒規程の適切な整備なども大事になってきます。

 ですが、このことは、
調査対象となる個人にとって何を意味するかというと、
自らの違法行為が発覚し、その内実が明るみにされればされるほど、
組織外と組織内の両方で処分される可能性が高まる、ということですね。
 その結果、
当該個人にとっては、調査に協力するインセンティブが削がれる結果となる、と。

 このような利益相反は、
様々な「不祥事」で問題になり得るのですが、 
特に今、大きく議論されているのは、独禁法の分野ですかね。
 既にご存じだと思いますが、
独禁法の分野では、2006年1月より、
一般にリニエンシーと呼ばれる、課徴金減免制度が導入されてます。
 この課徴金減免制度の下では、
如何に早く、価格カルテル等の違法行為を探知し、調査して、公取に駆け込むかが勝負。
 ですので、調査対象となる個人の方の協力が是非とも必要なわけですね。
 ただ、そこでも上記のような利益相反の問題が生じちゃうので、
狂おしいほど悩ましい問題に直面してしまうわけです。
 
 このような悩ましい問題に対処するためには、
要は、可能な限り、利益相反の状態を解消してやればよいのではないか、と。
 となると、組織外での処分については左右が難しいとしても、
組織内での処分については手心を加える余地があるのではないか、と、
つまり、リニエンシーの社内板を作ればいいのでは?、と、
そういう議論が生じるわけですね。

 さて、このような社内リニエンシーについてですが、
実際、多くの組織で採用されているのかと言うと、
私の肌身感覚による限りでは、余り採用されていない感じですね。
 やはり、内部統制の実効性を削ぐという問題のほか、
特に上場企業などでは、外からの見た目の問題などもあって、
大っぴらに採用しにくいというのが実情のようです。
 そのため、独禁法の下におけるリニエンシーのようなシステマチックなものではなく、
調査に協力したら、処分を決める際に情状酌量してあげなくはないよ、と、
そういう、ある種柔らかい制度の採用に留めているところが多いよう。

 ただね、そのような柔らかい制度だと、
実際に自分の処分がどうなるのか、予測がつきにくいわけですから、 
調査に協力するインセンティブが必ずしも高まるわけではない、という問題があるんです。
 これは、独禁法の分野で、リニエンシーの制度設計の際に、
再三にわたって議論された点に酷似するところ。
 ですので、システマチックなものは無理としても、
できる限り、予測可能性を高めるように、調査協力へのインセンティブを削がないように、
社内リニエンシー又はそれに類似するものを構築していくことが大事かな、と。

 そこで大事な視点は、今のところ(笑)、以下の2つかなぁ。 

 (a)主犯格or従犯格などという違法行為への関与の程度
 (b)All or Nothingではない減軽調整

 まず指摘できるのは、
上場企業におけるのを始めとして、社内リニエンシーへの抵抗感をよくよく見てみると、
主犯格の従業員に対して、何故、減軽しなきゃならんのか、と、
そういう点にあるよう。
 だったら、従犯格を中心に、減軽ルールを定立するところから始めませんか?

 というのも、違法行為又はそれにつながり得る行為の存在を嗅ぎつける、という意味では、
とにかく、何でもいいから関連情報が欲しいわけですね。
 そうすると、従犯格からの断片情報でも事足りる場合が少なくない。
 で、そのような従犯格についてであれば、その処分を減軽しても、
抵抗感は薄いし、直ちには非難されないかな、と。
 また、処分の大枠を動かせないとしても、その大枠の中で、
できるだけAll or Nothingではない調整をしてあげるような対応も考えられるでしょ、と。
 例えば、仮に懲戒解雇と退職金の支給制限はやむを得ないとしても、
退職金の支給制限額という側面で、少し大目に見てあげるなどの調整も考えられる。
 そうすると、
まず、主犯格でないことを主な条件として、
違法行為の発覚に貢献した者に対する処分減軽ルールを定立することが考えられる。
 この処分減軽ルールを、どこまでシステマチックにするかは、その組織次第だけど、
できる限り、調査協力へのインセンティブを与えるべく、予測可能性が欲しいので、
原則として■■、最大で◆◆、というような記載ができれば良いでしょうね。

 次に、違法行為の存在を嗅ぎつけた後で、その詳細の調査を行う場合、
ここでも、やはり従犯格については、少し減軽の程度を低くする形で、
先ほどのような処分減軽ルールを定立することが考えられますね。

 で、このような従犯格からの情報収集によって、
ある程度の客観的な証拠が集められたら、
その客観的な証拠を軸にして、主犯格へのインタビューを行うことになりますね。
 主犯格に対しては、社内リニエンシーの適用対象としないのであれば、
利益相反の問題は残っている、つまり、真摯に調査協力してもらえない可能性はある、
なので、事前に収集した客観的な証拠の質と、インタビューの技術が、
その鍵とならざるを得ないわけですが、
そのインタビューの際には、
最初のお題で述べた、どのタイプに該当する「不祥事」なのか、
特に故意によるモノであれば、どのようなジレンマが背景にあるのか、
その点に対する理解が、非常に強くモノを言うような気がしてますが、どうでしょうかね?

 いずれにせよ、一つ言えるのは、
上記のような利益相反の問題を放置して、
「何とかして、頑張って、調査協力を求めよ」って叫んでも仕方ないのでは?、ってことかな。
   

●最後に、三つ目のお題、
「不祥事」の公表に関する姿勢について。

 さて、これについては、
そろそろ眠くなってきたので、結論から言っちゃうと、
「不祥事」の性質がね、どんなものであれ、
一切公表しない、という対応は、避けた方がよいのでは?、と。
 
 この点、公表するかしないかについては、
法令違反や利益相反の問題も絡まない限りは、
いわゆる経営判断の原則が機能し得る余地があるはずだ、として、
全ての被害者が特定・判明しているかどうかや、
今後、二次被害を含めた被害拡大のおそれがあるかどうか、
社会からの見え方はどうなのかとか、
そのような要素を考慮して、
緻密に場合分けして考えていくべきではないか、という方もおられるようです。

 もちろん、私も、上記のような場面で、
いわゆる経営判断の原則が機能し得る余地は否定しないのですが、
それが法的な責任にまで昇華するかどうかとは別の問題として、
これだけWeb2.0の技術が発達してる中で、隠し続けることは不可能に等しいという現実や、
後に発覚した場合の種々のリスク、
特に、こちらの思惑や考慮とは別に、隠蔽したと捉えられかねないリスクなどに鑑みると、
やはり、一切公表しない、という対応は、避けるべきであって、
ただ、「不祥事」の性質によって、公表のタイミングに違いがあり得る、と、
そのように、公表のタイミングの問題だと捉えた方が良いのかな、という気がしてます。

 つまり、全ての被害者が特定・判明していたり、
今後、二次被害を含めた被害拡大のおそれがなかったりするような場合には、
まずは、事実関係の調査を綿密にやった上で、
その全体像を把握し、対応策を固めてから、公表するという形でも、
許される場合が少なくないのではないかな、時間的余裕は少しあるかな、と。
 他方で、特に、今後、二次被害を含めた被害拡大のおそれがあるような場合には、
未だ事実関係の調査が出来ていなくてもね、
今後の方針、スケジュール感、暫定措置の3点セットで以って、
調査中という形で、直ちに公表に臨まざるを得ないことが多いのかな、と。
 ここで若干、悩ましいのは、
実害がないけど、消費者に不快感を与えるような場合ですかね。
 例えば、先日の伊藤ハムの地下水問題のような場合ですが、
私は、たとえ実害がなくとも、事後の原状回復が困難な場合には、
(知らずに食べちゃったら事後の原状回復は困難ですね。)
やはり公表を急ぐべきかな、という感覚を持ってます。


●本日のツボは、これでおしまい。

 ちなみに、どなたがおっしゃった話だったか忘れちゃったんですが、
「『不祥事』って言葉が一番けしからん」、っておっしゃってた方がおられましたね。
 なるほど、辞書を見てみると、運が悪い出来事、とかいう意味もあるらしくて、
要は、「ツイてなかった」というように聞こえ得るんだ、と。
 なので、某企業では、「不祥事」という言葉を用いることを敢えて避けてるとか。
 いやぁ、日本語って難しいですねぇ(笑)。


(2008年11月18日記)
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