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●ふと立ち止まって考えさせられることの多くなった開示規制への対応について。


●規制対象となる社会現象の複雑化(又はその認識の一般化)に伴い、
事前規制から事後規制へ、又はハードローからソフトローへ、
そのような大きな流れが、特に企業法の世界では90年代後半ころから主流になってますね。
 私自身もね、
「社会の底が抜けた」と評されるような現状を前提にして、
そのような大きな流れに反対の立場を採るわけではないです。
 もちろん、「今後の展望はあるのかな?」というM&Aのツボでも述べたように、
ハードローとソフトローとの間の適切な役割分担を無視して、
ソフトローのみを無闇に重視しすぎることには反対ですけどね。

 さて、そのような大きな流れの中で、
法律による規制手法として、日本のみならず各国で重宝され始めたのが、
いわゆる開示規制と言われるものですね。
 その肝は、ザックリと言っちゃうと、
お上が作る法律によって特定の行為を特定の方向に規制するというのでなく、
情報開示によって特定の行為又はその主体を市場の淘汰にさらさせる点かな、と。

 本日のツボは、
そんな開示規制への対応について、
法令等の解釈はともかく実務上の勘所みたいなところを、
少し話してみようかな、と。
 具体的には、
①開示の程度と②開示の方法、
この2つを大きなテーマに設定してお話しする形に。


●で、まずは①開示の程度から。

 この点、従前はね、法令等の文言はともかくとして、
少なからず、以下のようなアドバイスがされてたこともあったようです。

 「とにかく『書いてること』に虚偽がなければ概ね大丈夫」、と(笑)。

 どう「概ね」なのかはともかくとして(爆)、
まぁ、時代は、もうすっかり変わった感がありますね。
 先述した大きな流れを反映して、
「書いてること」それ自体に虚偽がなかったとしても、
その「書いてること」だけだとミスリーディングになるような場合には、
やはり開示義務に重大な違反があるとして、
実際に問題として取り上げられることが多くなってきた感があるかな、と。

 でね、そのように、
現に開示してる事項だけだとミスリーディングになるかどうか、
ここまで開示の問題が広がってくると、当然出てくる疑問はね、

 「じゃぁ、結局、どこまで開示すればよいの?」、と。

 特に問題となるのは、抽象的な開示項目ですよね。
 例えば、合併などの組織再編や公開買付けを実施した後の将来見通しの項目とか、
各個別項目の他に投資家の判断に重要な影響を与える事項を書く項目とか、
その性質上、対象がオープン・エンドになっちゃって限界のわかりにくいもの。

 そのように開示の程度又は開示の限界が分かりにくい場合において、
是非とも頭の片隅に置いて欲しいのは、少なくとも以下のような点。

 (a)関係者に現実の利害が見出されるか否か
 (b)他の開示事項から走り出す経験則と矛盾する事項があるか否か
 (c)通常の開示相場(前例)よりも「程度が低い」か否か

 まず(a)関係者に現実の利害が見出されるか否かについては、
例えば、その後にスクイーズアウトが原則的に予定されてる公開買付けの場合、
少なくとも公開買付け後の少数株主はね、
自分が株式を有しなくなるスクイーズアウト後の会社に大きな利害を有しないはず。
 むしろ問題は、スクイーズアウトの方法(特に対価の額など)ですよね。
 だから、公開買付け後の予定に関する開示事項としても、 
スクイーズアウトの方法(特に対価の額など)は極めて詳細に書くけど、
その後のことについては、自ずから抽象的な記載で足りるのでは、という方向に。
 
 次に(b)他の開示事項から走り出す経験則と矛盾する事項があるか否かについては、
例えば、他の開示事項においてAという事実が記載される予定だ、と、
当該Aという事実を見れば、会社の業績は上向きそうだと通常は思われる、と。
 でも、特に開示項目として明確に要求されてるわけじゃないけど、
今、ここにBという他の事実が存在する、と、
当該Bという事実を見れば、実は当該Aという事実を前提としても、
会社の業績は必ずしも上向かない、又はむしろ下向きそうだと通常は思われる、と。
 で、そーゆー場合には、やっぱりね、
当該Bという事実は開示しとかないとミスリーディングになっちゃうよね、と。
 後、これは日本では余り明示的に議論されてないかもしれませんが、
特に当該Aという事実がね、
会社のイニシアチブにより開示されることとなった場合には、
当該Bという事実を開示しないことの責任がより強く問われそうかな、と。
 
 最後に(c)通常の開示相場(前例)よりも「程度が低い」か否かについては、
通常の開示相場(前例)と比べて、今回の開示の「程度が低い」場合には、
当該相場にまで引き上げるか、又は、
当該相場とは異なることについての「合理的な言い訳」を加えるべきかな、と。
 例えば、通常の開示相場(前例)では一般的にね、
対価の合理性を説明する記載で、
市場平均株価法と類似企業比較法とDCF法の3つによる算定結果を記載してる、と。
 でも今回は例えばDCF法は採用しなかったので算定結果を記載しない、と。
 で、その記載しないという結論はいいんだけど、
何故、当該相場とは異なることをしたのか、
具体的には、何故、DCF法は採用しなかったのか、
その合理的な理由を開示した方がいいのでは?、と。
 ちなみに、間違っちゃいけないのは、
前例よりも「程度が低い」かどうかを問題とすべきであること。
 この点、前例と同等以上だから今回も問題なしということには直ちにならないのであって、
ちゃんと上記(a)や(b)の点を考慮しないと、単なる「猿真似」になっちゃいますよ。

 ちなみに、以上の3点は、
近時におけるレックス事件やアーバンC事件の根っこにある問題を考える際にも、
十分に参考となると個人的には思ってますがね。


●で、次に②開示の方法。

 この点、やはり問題となるのは、
一定のアクションを実施した後の将来見通しに関する記載ですね。

 こーゆー将来見通しに関する記載で注意すべきは、概ね以下の点かな、と。

 (x)文末表現には必ず含みを残せ(言い切るな)
 (y)想定される可能性や考慮要素についてランキングや定量化はするな(並列しろ)
 (z)完全開示や完全非開示とも違う「第3の道」に思いを致せ(迷ったら注記で)

 まず(x)文末表現には必ず含みを残せ(言い切るな)については、
まぁ、余り説明は必要ないですよね。
 開示文書をファイナライズする際には、欠かさずにチェックしましょ。

 次に(y)ランキングや定量化はするな(並列しろ)については、
得てして真面目な人(私を含めて弁護士に多いのですが(笑))が文章を書くと、
結構、今後の可能性とか、今後の選択肢を選定する上での考慮要素とかに、
それぞれの重みについての優先順位を付したりとか、具体的な数値を示したりとか、
そういう「重厚な」記載をしがちなんですが、
将来何が起こるか分からない中で、そんな記載をしちゃうと、
本来できたはずの活動を不用意に縛ってしまうおそれもありますので、
できる限り、そういう記載は避けた方がいいかな、と。
 この点、具体的に書けば書くほど(その最たるものは定量化ですが)、 
将来において状況変化があった場合の、条理上の情報アップデート義務とか、
余計な問題を惹起しちゃう可能性もあり得るし、
そうでなくても、法定の訂正報告書を余計に出さないといけなくなるとかね。

 最後に(z)「第3の道」に思いを致せ(迷ったら注記で)については、
未だ必ずしも固まってない予定の詳細について、完全に開示しようとすると、
却ってそれがミスリーディングとなる可能性もあるし、
訂正報告書の提出義務を余計にトリガーしてしまうことにもつながる、と。
 他方で、完全非開示という対応は、上記①の検討からしても躊躇される、と。
 そういう場合には、注記という第3の道もあるのよ、と。
 例えば、新設型の組織再編をする場合に、
株主総会の承認決議に掛ける予定の新設会社の定款案は、
近いうちに内容変更される可能性もある、と。
 でも、その変更内容は必ずしも完全には固まってないし、
ひょっとしたら、当該承認決議に掛ける内容のままかもしれない、と。
 そういう場合は、当該変更内容がある程度見えてる場合であっても、
当該変更内容(定款変更案の予定案)を完全に開示することはせずに、
例えば、この項目に関しては今後変更の可能性はあり得ますよ、と、
そんな感じで定款案に注記する形で済ませる、とかね。

 以上のほか、
将来見通しは当然、今後の状況次第で変わり得るとかのディスクレーマーも、
なるべくなら入れておいた方が丁寧ですね。

 
●本日のツボは、これでおしまい。
 
 ちなみに、本日のツボのタイトルは、
米国での関連議論である“Half-Truths Rule”から。
 このRuleについては、
判例・裁判例の分析や実務での対応方法を含めて、
かなり深く突っ込んだ邦文での研究があったら助かるかな。
 あ、実はもうあったら、ごめんなさい(笑)。


(2009年7月21日記)
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