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●ライセンスの単独拒絶について一言二言。


●特許をはじめとする知的財産権、
これは知的活動のインセンティブを確保するために、
その性質上フリーライドに脆弱な知的活動の結果について、
法が一定の独占を認める形でフリーライドから保護したモノ。

 そうであるがゆえに、
綺麗事的な説明はともかくとして、
知的財産法と独占禁止法とは、元々、
真正面からぶつかり合う部分があって、
その二つの調整が必要なわけですね。

 この二つの調整の仕方については、
独占禁止法21条の解釈を中心として、
色々と議論が熱く交わされてきたわけですが、結局は、
知的財産権が認められた目的を逸脱するような、
本来的な権利行使と認められない場合には、
独占禁止法が顔を出してきますよ、と、
理論的にはそういう当然な結論に落ち着いてるわけですよね。

 ただ、
そういう理論的結論はともかくとして、
実務の場面では実際なかなか難しい問題も少なくない。

 で、
本日のツボでは、
知的財産法と独占禁止法とが最も激しく衝突するフロントライン、
ライセンスの単独拒絶の場面について一言二言。


●本日のテーマたる知的財産権、
その権利行使に対して独占禁止法が明確に介入姿勢を見せ始めたのは、
もうかなり昔の1968年ころからなんですよね。

 その後の歴史的経緯についても、
ここで触れておいた方がホントは面白いものの、
本日は時間の関係上、涙を呑んで省略しちゃいますが(笑)、
つい最近まで有効だった1999年公表の特許・ノウハウライセンスガイドラインを含めて、
実は明らかに公取が「及び腰」だったと見える場面というのがあるんですね。

 それは、
ライセンスの単独拒絶の場面。

 その理由は、
やはり知的財産権の典型的な権利行使場面に他ならないのであって、
この場面にまで独占禁止法が正面切って突っ込んでいくのでは、
知的財産権の権利行使を不当に委縮させてしまうのではないか?、と。
 そういう至って真っ当な考慮が働いていたんだろうなぁ、と。
 
 言い換えれば、
ライセンスの単独拒絶の場面というのは、
 
 「独禁法が知財に残した最後のサンクチュアリ」、と。


●そのような中で時代は下り、2007年、
公取は技術系の知的財産権に関して新たなガイドラインを公表したわけです。

 その詳細については各種の既存文献に譲りますが、
新ガイドラインが独禁関係者の注目をヒトキワ強く引いた点の一つが、
「最後のサンクチュアリ」であるライセンスの単独拒絶について、
これをガイドラインの中で真正面から比較的詳細に取り上げたことだったのですね。

 具体的には、
「技術を利用させないようにする行為」という行為類型についての考え方を、
新たにガイドラインの中に追加して比較的詳細に示したのですね。
 これはまさに、
ライセンスの単独拒絶を真正面から包含する行為類型なのですね。

 このようなガイドラインの大枠変更を見て、

 「公取は遂に最後のサンクチュアリにまで土足で踏み込もうとするのか?」、と。

 そういう緊張感が独禁関係者の中に少なからず広がった、と。


●ただね、
新ガイドラインの内容をよぉーく読んでみると、どうやら、
「最後のサンクチュアリ」が土足で踏み込まれたわけではなかった。

 公取も、
ちゃんとお行儀よく外靴を脱いでスリッパに履き替えた上で、
慎重に踏み込むことにしているようなのですよね。

 具体的には、
まず原則論を確認してる。
 つまり、
ライセンスの単独拒絶ってのは、
通常は知的財産権の本来的な権利行使にすぎないのであって、
原則として公取は立ち入らないことにしますよ、と。

 その上で、
例外的に公取が踏み込むのは、
ライセンスの単独拒絶の場面とは言っても、
そこでのライセンス対象となる知的財産権が他では代替の難しいものであって、かつ、
その地位に至るまでに純粋な知的活動ではない行為が用いられている場面、
つまりは共同行為や買集め行為、詐欺的行為を用いるなど、
知的活動のインセンティブ確保の必要が認められないことが比較的明らかな場面、
そういう場面を主たる対象としてるのですよ、と。

 但し、
仮に純粋な知的活動によって価値が高められた知的財産権であっても、
それが一定の市場における事業活動の基盤となっており、かつ、
多数の事業者が既にそのライセンスを受けて事業活動を行っているような場合には、
一部の事業者に対してだけ、合理的理由なく差別的にライセンス拒絶することが、
独占禁止法上問題となるとされてることには注意が必要。
 既に多数にライセンスを出してる場面が問題とされてるのであって、
ライセンスを一切出してない場面が問題とされてるわけじゃないことを前提に、
ライセンス拒絶そのものではなく差別的な取り扱いが問題とされているのがポイント。


●さてさて、
上で述べたように「最後のサンクチュアリ」は未だに健在と言えるのですが、
ではそれで常に安泰かと言うと決してそうでもない。

 公取がこういう場面でよくやるのは、
異なる法的構成を持ちこんで難しい問題を回避することなんですよね。

 例えば、
自己否定せよ?」という独禁のツボで述べた不当廉売規制、
あの規制は過剰規制に至ると自己否定につながりかねないという意味で、
その適用にあたっては価格・費用基準等を用いた慎重な綱渡りが求められるわけですが、
そのような難しい問題を回避するかのように、
差別対価規制という別の法的構成が持ち込まれることがあるわけですね。

 で、
それと同じような形で、例えば、
本来はライセンスの単独拒絶が問題の本質であるかのように見える場面であっても、
その拒絶そのものやライセンス対象たる知的財産権の価値向上などにおいて、
共同行為が絡んでいるという「分かりやすい」法的構成が持ち込まれることもある。

 但し、
特にライセンスの共同拒絶という事実認定にあたっては、
目と目で通じ合う?」という独禁のツボでも述べたとおり、
価格カルテル/入札談合と異なる考慮が必要であること、
特に独立で市場価値を有する知的財産権のライセンスについては、
共同行為にまで及ぶ必要性が非常に低いことに留意が必要ですね。


●本日のツボはここまで。

 最近、
懐かしの70/80年代ヒット曲をYouTubeで聴いてたら、
知ってる人は知ってるキワモノ(!?)グループである「Boney M.」、
その代表曲の一つである「Ma Baker」が出て来ました。
 このサビ部分って、
最近大ヒットした或る曲に取り込まれてますよねぇ(爆)。
 フリーライドというよりは、
リスペクトという意味だと思いますけどね。


(2011年5月16日記)
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