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●んな訳無いじゃん…。


●古今東西、
やはり男女関係というのは、
周りの関心を強く惹かざるを得ないものでして、
これによって身を破滅させる人も後を絶たない、と。

 まぁ、
身を破滅させても良いと思えるほどの色恋沙汰に一時でも浸れるなら、
それはそれでニーチェ的には生きてた甲斐もあったということかもしれんが、
目覚めた後の後味の悪さに果たしてどこまで耐えられるか…。

 ということで(?)、
本日のツボはセクハラについて徒然なるままに。


●「セクハラ」、
正式名称はセクシャル・ハラスメントですが、
この言葉を聞いた時に、
皆さんはまず最初に何を思い浮かべますか?

 私がまず思い浮かべるのはコレ。

 「関係事実の認定が面倒で大変!」、と。 

 どんな案件でも、
事実認定というのはそれなりに大変なものですが、
セクハラ案件ってのは特に面倒で大変と言って良いのでは?、と。

 もちろん案件にもよりますが、
関係者の言うことがこれほど食い違いまくる率が高いのも珍しい方かなと。
 特に男女関係というのは、
当の二人だけしか知らない秘め事ってのが結構あるもんだから、
なかなか決定打がなく水掛け論となることもシバシバ。
 それに加えて、
どこでも必ず一人はいると言ってよい野次馬根性の第三者が、
火に油を注ぐように掻き回してしまうことも…。

 そんな面倒で大変な事実認定ですが、
セクハラ案件に対処しようとする時には、
絶対に避けて通ってはいけない関門でして、しかも、
まず第一に通らないといけない関門なのですよね。

 だけど、いかんせん、
正社員数の減少などにより日常業務にすら忙殺される現場の管理職としては、
セクハラの事実認定などという「下らない後ろ向きなこと」に割く時間も惜しいとかで、
そのような第一関門を無視して一挙に解決しようとしてしまいがちなのね。

 でもね、
それをやっちゃうと、
解決するどころかむしろ大ごとになってしまう可能性の方が大。

 例えば、
セクハラのクレームを出してきた女性従業員に対して、

 「もう終わったことは良いから仕事を頑張ってよ!」とか。

 そんなこと言っちゃった日には、
後の裁判で目も当てられないかも。

 最近は、
セクハラ研修なども盛んなので、
そんなこと言う管理職はさすがに減ってきてはいますが、
逆にセクハラ研修の副作用なのか、
クレームを出してきた女性従業員を恐れるあまり、
女性従業員の言い分を全て丸呑みしちゃって、
クレームの対象となった男性従業員の言い分など殆ど聞かずに、

 「とにかく謝れ!お前が謝れば終わるんだから」、と。

 そんな事実認定抜きの乱暴な解決を図ろうとする管理職も少なくない。

 だけど、
相手は人なんだから、
そんな乱暴なやり方で終わるわけがない。
 仮に一時的に収まったとしても、
男性従業員側でフツフツと不満が溜まり、
色々なルートを辿って女性従業員に関する変な噂が流れ始めるとか、
かえって問題を複雑化・密行化させる場合もある。
 そうなると、
いざ膿が吹き出した時のインパクトや事実認定の難しさは半端ないのよ。

 とにかく、
現場の管理職には、
独善的な「大岡裁き」をさせては絶対にダメ。
 まずやるべきは、
一にも二にも事実認定。


●それから次、
セクハラの法的評価について。

 最近、
セクハラとパワハラの比較説明として、
よく言われるようになったのが次のような標語。

 「セクハラで問題となる行為は原則、職場に持ち込まれるべきでないモノ。
  他方でパワハラのそれは原則、職場に持ち込まれるべきモノ。」

 どっかで聞いたことないかな?

 うん、まぁ、
そもそもパワハラってのは、
法的議論だけを説明するなら5分もかからないのであって、
そのポイントを上記標語は上手く表してると思うのね。

 だけど、
この標語をそのまま、
セクハラ案件の対処の際にも単純に持ち出そうとするとね、
かえってミスリーディングになっちゃう場合もあるんじゃないかな、と。
 もっと言うと、
実際の現場のあり方と少し乖離してる部分があるもんだから、
これを鵜呑みにすると法的な見立てがおかしくなっちゃう場合があるんじゃない?、と。

 何故か分かる?
 
 セクハラってのは、
よく言われることだけど、
対価型のセクハラと環境型のセクハラがある。

 このうち、
対価型のセクハラ、
例えば人事権行使による報復をチラつかせてのセクハラってのは、
職場に持ち込まれるべきでないのは当たり前。

 だけど、
環境型のセクハラ、
典型的には男女関係の噂を立てるとかですが、
誤解を恐れずにそのまま思ってること言っちゃうと、
これって多少のことは元々しようがないのよね。

 人の集まりがあって、
そこにまだ枯れてない男女が相当数いれば、
当然その中での男女関係などというのは、
その集団内の人達の関心を強く惹かざるを得ないのであって、
多少の噂が立つのは避けられないんじゃないのか?、と。
 そのような噂の一つ一つについて、
いちいち目くじら立てることがホントに求められているのか?、と。

 何が言いたいかというと、
特に環境型のセクハラの場合ってのは、
それが法的責任にまで昇華するにあたっては、
行為の内容や執拗性とか一定のハードルがあるんであって、
「原則持ち込まれるべきでない」という標語をただ鵜呑みにするのでは、
法的評価の見立てを間違っちゃいますよぉ、と。
 仮にその標語の主眼が、
法律論の手前にある実務指針・対応にあるとしても、
「持ち込まれるべきでない」と言ったところで、
上で述べたようにホントに避けられる話なのか?、と。

 そういう意味で、
少なくともセクハラ、特に環境型のセクハラとの関係では、
上記標語はミスリーディングだし現実とかい離してるように思うのよねぇ。


●最後に、
使用者責任のポイントについて。

 セクハラに関して、
被害者が会社に責任追及する場合、
その根拠として最も多く使われるのが民法715条の使用者責任。
 
 要は、
会社ってのは、
従業員が会社の職務執行について不法行為をしちゃった場合、
その不法行為により被害者が被った損害を従業員とともに賠償せにゃならん、と。

 ここでの最大のポイントは、
従業員の不法行為が会社の職務執行について行われたものといえるかどうか。

 で、
この職務執行性については、
民法一般の議論を反映してか、
基本かなり広く認められちゃってるのよね。
 例えば、
会社の忘年会で三次会後のタクシーの中で行われたセクハラ行為についてすら、
職務執行性ありで使用者責任ありと言った裁判例だってある。

 ただ、
この民法一般の議論に引きづられて、
何でもかんでも直ぐに職務執行性あり、と、
そんな簡単に諦めちゃう向きもあるみたいだけど、
それは違うと思うのよね。

 特にセクハラ案件の場合、
ちゃんと詰めてくと浮かび上がってくると思うんだけど、
最大のポイントは加害者と被害者の関係がタテに近いかヨコに近いか。
 その関係がタテに近ければ、
セクハラに至った背景として職制上の上下関係が明に暗に作用した可能性が高く、
よって職務執行性が認められる範囲も広がる傾向があるのに対して、
その関係がヨコに近づけば、
あくまで個人的なトラブルとして、
職務執行性が認められる範囲は狭まる傾向があるよう。

 労働法の議論を、
民法一般の議論だけで語ろうとする向きには要注意を。


●本日のツボはここまで。

 「セクハラ」とか「名ばかり管理職」、「残業代ゼロ法案」とか、
そういう数々のキャッチーなフレーズを見ても分かることですし、
相手方となった組合の機関紙とかを読んでても常々思うことなんですが、
労働者側の皆さんって文章や宣伝がお上手な方が多いですよねぇ。
 それに比べると、
使用者側のヘタレ具合って…。
 う~ん、
もうちょっと頑張らなきゃね。


(2011年10月3日記)
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